〜今日はもふもふ天国だ!〜カウンセラーのココロの講座

理想と現実とのギャップを修正することを得意とするカウンセラーのブログ

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はてなブロガーは、神を信じないからアメブロのほうがいいと同業者に言われてしまったが、だからなんだというのだ。

序文:はてなブロガーは、神を信じないから、ブログはアメブロにすべきと言われてしまった。

 まぁ、言いたいことはわかる。アメブロを見れば、だいたい分かるが、キラキラした女子とかスピリチュアルにハマりまくっている女性読者がすごく多いからだ。

 アメブロはスピリチュアル系が本当に多いが、それとはまるで正反対かのように、はてなブログは、短時間で家事をするとか、ブログで生計を立てるとか、病気を克服する方法とか、実践的なノウハウを書いている人のほうが多いからだ。



 

目次

 テーマ:キラキラした女子や神を信じる人がいないから、はてなブログはやめたほうがいいという、まじでよくわからない指摘をもらってしまった。

1.大変残念なことに私自身がキラキラしていない

2.神様を信じない人が多いという勝手な偏見こそがセラピスト最大の敵

3.神は、あなたにしか見えないので、私に説明できれば誰でもいい

4.アニメのキャラクターが神だとまだ神っぽいと思える理由

5.あなたがブログを書くのは、〇〇ではないのか?

6.アメブロもはてなブログも心の側面では同じ

 7.「思いは風になって届くのだ」と思っていたキャラがした意外なこと




だが、大変残念なことに私自身がキラキラしていないのだ。

 クライアントとしても、「私、キラキラしたいんですよ」と30過ぎたおっさんのセラピストのところにくるだろうか?(反語)残念ながら、アメーバブログは、ブログだけど、「キラキラ」という抽象的な言葉が通用する。しかし、はてなブログで果たしてそんな抽象表現が許されると思っているのだろうか?はてなブロガーは、キラキラした人よりもテカテカした人のほうが多いのだ。色が茶色いのは、暖かくなったからそろそろ出てくる「呼んでもいないのにくるあの虫」のことだ。

 

神様を信じない人が多いという勝手な偏見こそが最大の敵

 私のところに来たクライアントに対しては最大限色々やるのがセラピストではあるが、そもそもはてなブロガーが神様を信じない人が多いって、いう発言がそもそも論外で選択的な発言である。神様を信じることができない人も、できる人もできるのがカウンセリングやコーチングなのだ。お前は何を言っているんだとも思えるのである。

 

神は、あなたにしか見えないので、私に説明できれば誰でもいい

 クライアントにとって、ものすごく重要な要素は、「神が誰か、どんな存在か、実在するのか?」ということだが、私にとってむしろ重要なのは「神が出たとき、そう考えたとき、たくさんの神が出たとき」に、あなたがどのように考えたのか?どう思ったのか?というエモーショナルなところである。

個人的には、アニメのキャラクターとかのほうが、まだ神っぽいのである。

 クライアントが神の登場により、どのように心が動いたのか?神が何を告げたのかのほうがよっぽど重要である。クライアントが救われるためなら、宗教だと何だと他人から言われようが、神の代理人めいたこともするのがこの職業なのである。

 

アニメのキャラクターが神だとまだ神っぽいと思える理由

 共感しやすいから神っぽいのだ。共感しやすいのだと、時間が決められたカウンセリングなりヒアリングなりを全然やりやすいのだ。ただ、やりやすいのといいカウンセリングは違う。神はあなたの心の中にいるのだ。私に合わせる必要なんて一切ない。

だから、あなたの神が、ソニー製のPCだろうが、ピカチュウだろうが、ユーチューバーだろうが、ジャニーズだろうが、いいのだ。私はそれをいとも簡単に受け入れよう。

ジャニーズで20年生き延びたアイドルは中々いないが、ピカチュウは20年間アイドルとして生き延びているのではないか?

だから、私は世間のジャニヲタが、いかに批判しようとも、あなたがピカチュウのほうが神だといえば、神だと受け入れるのだ。その声優が神だといえば、私は神だと受け入れよう。

あなたがブログを書くのは、〇〇ではないのか?

 ブログを書く行為というのは、共感してほしいというエモーショナルな部分と情報を提供したい、便利で使える情報がほしいというニーズがあるからだと思っている。同人誌即売会も本を出版するのも、行為は異なるが、心の側面からしたら、同じなのだ。あなたがブログを書くのは、あなたの心のなかに、強い何かがあるからに間違いないのだ!

 

アメブロもはてなブログも心の側面では同じ

 アメブロとはてなブログは、「茶道をやっているけど、分家がいっぱいあるのと同じ」ようなものだと思っている。(京都が本部にあるはてなブログのユーザーにとっては、その表現は結構しっくり来るのではないだろうか?)セラピストが注目すべきは、むしろユーザーのエモーショナルな部分だ。

どちらも長時間、文字を打ったり、読んだりして共感したいのだ。

ユーザーがキラキラしていようが、テカテカしていようが、私にとっては、その場はエモーショナルな場にいることが重要であって、人が誰もいない史跡では意味が無いのだ。

 

「思いは風になって届くのだ」と思っていたキャラがした意外なこと

 

 とあるノベルゲームで、「思いは風になって届くんだよ」といっていた主人公の幼馴染キャラが、主人公に思いが届かなかったので、長時間(10分ほど喋り続けていたと思う)主人公をつかんで問い詰めるシーンがあるが、非常に心が動かされるシーンである。これについて詳しいことは、エモい人ではなく、エロい人にでも聞いてほしいと思う。

 これと同じように、親しいと思っていても、思いは言葉にしないと通じないこともあるのだ。逆に、言葉にすることによって伝わることもあるし、表現しなくても伝わる方法は結構あるのだ。

 しかし、それでも人間関係の悩みを抱える殆どの人が、自分の身の回りの人との関係に悩んでいるのだ。人間の思いがそれだけ強いということではないのだろうか?

 

アメブロユーザーもはてなブロガーも「思いは風になって届い」てほしいと心の底では思っている。私もそう思っている。だからこそ、はてなブロガーの皆さんも(アメブロの皆さんも)テカテカしていてもいいから、心身ともにこれからも書き続けてほしいと思っている。

 

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